2013年7月10日水曜日

なんにもないない

















「なんにもないない」(ワンダ・ガアグ/作 むらなかりえ/訳 ブック・グローブ社 1994)

ずっと昔、古ぼけた農場の片隅に、3匹の捨てイヌの兄弟がいました。とんがり屋根の犬小屋には、耳のとがった、とんがり兄さんが、くるりん屋根の犬小屋には、巻き毛がくるりの、くるりん兄さんが住んでいました。そして、まあるい屋根の犬小屋には、“なんにもないない”が住んでいました。なぜ、こんな名前かというと、ないないは姿がなかったのです――。

ないないは、跳ぶことも、走ることも、食べることもできました。みることも、聞くことも、臭いを嗅ぐこともできました。兄さんたちと吠えたり、じゃれあったりして、ないないは楽しく暮らしていました。

ところが、ある日、男の子と女の子がやってきて、犬小屋をみつけます。2人は兄さんたちを抱きかかえ、連れていってしまいます。そこで、ないないは2人を追いかけるのですが――。

「100まんびきのねこ」で名高い、ワンダ・ガアグによる絵本です。温かみのある絵柄と、くり返しの多いリズミカルな文章で、お話は愉快に進んでいきます。さて、このあと、みんなとはぐれてしまったないないは、1本の木の前にやってきます。そこで、森のもの知りカラスに出会い、「まほうの本」に書かれた《ありやなしやのじゅつ》を教わります。ないないは、何日もかけて懸命に魔法をとなえて――と、お話は続きます。なんにもないないだったのに、最後は、“なんでもあるある”で終わる、なんとも楽しいお話です。小学校低学年向き。

2013年7月9日火曜日

どろぼうとおんどりこぞう

「どろぼうとおんどりこぞう」(ナニー・ホグロギアン/作 はらしょう/訳 アリス館 1976)

昔、トルコのアダナの町に、お母さんと、メルコンという男の子が住んでいました。家は貧乏でしたが、メルコンの誕生日には、お母さんがごちそうをしてくれることになっていました。誕生日の日、オンドリを焼いてもらうため、メルコンはお母さんにいわれてベーカーリーにいきました。

オンドリが焼けるのを待っているあいだ、メルコンは近くの原っぱで、お母さんにあげる花を摘みます。そして、ベーカーリーにもどり、オンドリを受けとるのですが、そこに3人の泥棒があらわれて、オンドリをひつたくって逃げていってしまいます――。

絵は、おそらく水彩と色鉛筆でえがかれたもの。このあと、大切なオンドリをひったくられたメルコンは、きっと仕返ししてやるぞと心に決めます。次の日、洋服屋で泥棒のひとりをみつけ、「これは死んだおじさんが残してくれた上着なんだ。あしたの4時までに直してくれ」と、泥棒がいっているのを耳にします。そこで、次の日の3時に洋服屋にいき、泥棒の使いだといって、まんまと上着を手に入れます。上着がなくなった泥棒は大いに腹を立てるのですが、ドアのところにこんな貼り紙をみつけます。「おんどりこぞうのしかえしさ。またやるぜ」――。メルコンの仕返しはまだまだ続きます。小学校中学年向き。

2013年7月8日月曜日

トリとボク





「トリとボク」(長新太/作 あかね書房 1985)

〈ぼく〉の家から電車に乗って、3つ目の駅で降りて少し歩くと、鳥がたくさんやってくる川があります。夕方になって、鳥が影だけになると、みんな肩を寄せあうようにあつまって、水の上でいろんな形をつくります。鳥たちは数え切れないくらいいっぱいあつまって、ほんとうのゾウより大きなゾウになったり、ぱあーっと散っていって、すーっと固まると、ものすごく大きなクジラになったりします。

鳥たちは動物だけではなく、木になったり、山になったりすることがあります。なってほしいものを大きな声でお願いしても、聞いてはくれません。

鳥たちがいろんな形をつくるのをながめる〈ぼく〉のお話です。絵は、青味がかった色合いの、抒情あふれるもの。鳥たちがいろんなかたちをつくるのは〈ぼく〉だけが知っている秘密です。鳥たちは自分たちの好きなものしかやらないみたいだけれど、〈ぼく〉はそれでいい。鳥たちはオカアサンとオトウサンになったりして、それが〈ぼく〉のお気に入り――。ちょっと、長新太さんの名作「ちへいせんのみえるところ」を思い出させる一冊です。小学校低学年向き。

2013年7月5日金曜日

くれよんのはなし















「くれよんのはなし」(ドン・フリーマン/作 さいおんじさちこ/訳 ほるぷ出版 1976)

クレヨンの箱には、外にでたがっている8色のクレヨンたちがいました。画鋲で壁にとめられた画用紙は、絵を描くひとを待っていました。ある日、クレヨンの箱のふたが、ぱっと開きました。8色のクレヨンたちは、「わぁーい、絵を描こう!」と、叫び声をあげました。

まず、青いクレヨンが飛びだして、空と海を描きます。それから、黄色のクレヨンが太陽と島を描き、茶色のクレヨンが島に木と男の子を描いて――。

ドン・フリーマンは、「くまのコールテンくん」などの作者として高名です。本書は、タテ14センチ、ヨコ18センチの小振りな絵本。クレヨンと水彩をうまくつかって、みごとに作品世界をつくっています。このあと、緑のクレヨンが葉っぱとカメを描き、紫のクレヨンが男の子に棒をもたせ、カメの背中に模様を描きます。でも、男の子は悲しそうな顔をしています。そこで、男の子はうちに帰りたいんだよと、黒いクレヨンが船を描いてあげて――と、お話は続きます。男の子を喜ばせるために、クレヨンたちが力をあわせ、最後に不思議なことが起こります。小学校低学年向き。

2013年7月4日木曜日

変わり者ピッポ















「変わり者ピッポ」(トレイシー・E.ファーン/文 ポー・エストラーダ/絵 片岡しのぶ/訳 光村教育図書 2010)

フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のてっぺんに、いよいよドームがつくられることになりました。でも、大聖堂の大きさは途方もありません。どうやったら、ドームをつくることができるのか、そのやりかたをコンテストで決めることになりました。それを聞いたピッポは、待ちに待ったチャンスがついにきたと思いました。

ピッポの本名は、フィリッポ・ブルネレスキ。すぐれた職人でしたが、くる日もくる日も奇妙な機械を考えたり、設計図を書いたりしていたので、街のひどひとからは「変わり者ピッポ」と呼ばれていました。「コンテストで勝てば、嫌なあだ名もきっと消えるぞ」と、ピッポは思いました。

どうしたら、大聖堂の美しさをそこなうことなくドームを支えることができるのか。大量の大理石を、石切り場からどうやって運び、どうもち上げるのか。ライバルである、高名な彫刻家のロレンツォに馬鹿にされながら、ピッポは考えに考えます。

1377年に生まれた実在の人物、フィリッポ・ブルネレスキについての伝記絵本です。絵は輪郭線のはっきりした、わかりやすい厚塗りのもの。このあと、ピッポはコンテストの委員たちに自分のアイデアを披露しますが、あんまり斬新すぎて、一度は委員たちに蹴られてしまいます。そこで、ひとが入れるほどの模型をつくり、それを委員たちにみてもらって、ついにピッポの案が採用されることになります。ですが、じっさいの建設はロレンツォと協力してやることになって――と、お話は続きます。小学校高学年向き。

2013年7月3日水曜日

あずきがゆばあさんとトラ














「あずきがゆばあさんとトラ」(チョホサン/文 ユンミスク/絵 おおたけきよみ/訳 アートン 2004)

昔、ある山里に、ひとりのおばあさんが住んでいました。ある日、おばあさんがあずき畑ではたらいていると、裏山からトラが降りてきて、おばあさんを食べようとしました。おばあさんが、「トラさん、トラさん、このあずきが実ってから、あずきがゆを一杯食べるまで待っておくれ」というと、あずきがゆまで食べたくなったトラは、「あずきができるころにまたくるからな」といって、去っていきました。

秋になり、おばあさんはあずきをとって、お釜いっぱいにあずきがゆをつくります。でも、トラに食べられてしまうかと思うと、あずきがゆものどを通りません。すると、タマゴがころころ転がってきて、「ばあさん、ばあさん、なぜ泣くの?」とたずねます。おばあさんが訳を話すと、「あずきがゆを一杯くれたら、助けてあげる」と、タマゴはいいだして――。

韓国の昔話をもとにした絵本です。絵はコラージュ。登場人物たちが、みな生き生きとした描線でえがかれているのが目を引きます。このあと、おばあさんのもとに、スッポンと、うんちと、錐(きり)と、石うすと、むしろと、背負子(しょいこ)がやってきて、あずきがゆを食べ、おばあさんに加勢します。そして夜になり、いよいよトラがやってきます――。クライマックスは、日本のさるかに合戦を思い起こさせます。小学校中学年向き。

2013年7月2日火曜日

さるとびっき













「さるとびっき」(武田正/再話 梶山俊夫/絵 福音館書店 1993)

昔、こんぴら山のふもとにサルとびっき(カエル)がいました。ある日、サルがびっきに、「おらと2人で田んぼをつくらねえか」といいました。「それはいいことだ」と、びっきはこたえました。

サルとびっきは山にでかけ、田んぼつくりをはじめます。でも、サルはすぐ、「おらは肩がこってきた」といいだします。あくる日、びっきが、「きょうは田をだかやしにいくべえ」と、サルのうちを訪ねると、「きょうは頭が痛くてとてもいかれねえ」と、サルはこたえます。そこで、びっきはひとりで田んぼにいき、ぺったらぺったら田をたがやして――。

山形の昔話をもとにした絵本です。原話の語り手は川崎みさをさん。絵は、柔らかい描線でえがかれたユーモラスなもの。ほとんど2色なのですが、部分部分につかわれた色が大変効果的です。文章は民話調。冒頭を引用してみましょう。

《むかし、あったけど。
 こんぴらやまの ふもとに、さると びっき いたっけど。
 あるひ、さるが やぶから がっさがっさと やってきて、
 「びっきや びっき。おらと ふたりで たんぼ つくらねえか」
 こういったど。》

このあと、仕事をさぼってばかりのサルの代わりに、びっきはひとりで田植えをし、草刈りをし、稲刈りをします。さて、モチつきとなったとき、サルがやってきて、たちまちモチをつき上げます。そして、サルは、「山の上からモチの入ったうすを転がして、先にモチを拾った者が食うことにしよう」と、欲の深いことをいいだして――。お話は最後に、サルの頬やお尻がなぜ赤いかという由来譚となって終わります。小学校低学年向き。

2013年7月1日月曜日

まどのそとのそのまたむこう

「まどのそとのそのまたむこう」(モーリス・センダック/作 わきあきこ/訳 福音館書店 1983)

船乗りのパパは海におでかけしました。ママは、あずま屋に腰を下ろしました。アイダは、赤ちゃんに魔法のホルンを吹いてあげました。でも、赤ちゃんのほうをみないで吹いていたので、ゴブリンたちがやってきて、氷の人形をおいて赤ちゃんをさらっていってしまいました。

アイダは氷の人形を抱きしめます。氷がぽたぽたと溶けだしたので、赤ちゃんがさらわれたことに気がつきます。「ゴブリンたちが盗んだんだわ! お嫁さんにしようと思ってるのね!」と、アイダはかんかんに怒って、ママの黄色いレインコートにくるまり、ポケットにホルンを突っこんで、ゴブリンたちを追いかけようとします。でも、後ろ向きに窓枠を越えたアイダは、窓の外のそのまたむこうにいってしまい――。

「かいじゅうたちのいるところ」の作者として高名な、センダックの作品です。絵は大変な濃厚さ。このあと、アイダはふわふわと飛んでいき、ゴブリンたちの洞窟を通りすぎてしまうのですが、遠い海からパパの歌が聞こえてきてくるりと振り向き、ゴブリンたちの結婚式入りこみます――。絵もお話も、さまざまな暗示に満ちていて、とても読み終えることのできない、不思議な一冊となっています。小学校中学年向き。

2013年6月30日日曜日

ことば















「ことば」(アン・ランド/作 ポール・ランド/作 長田弘/訳 ほるぷ出版 1994)

《ことばって 何だとおもう?
 かんがえていることを ちゃんと いいあわらすもの。
 それが ことば。
 わすれているものを はっきりと おもいだすもの。
 それが ことば。》

ことばは耳で聞くもの。目でみるもの。本や人形や椅子みたいに、物の名前もことば。鳥やイヌやクマみたいに、動物の名前もことば。感じたことを感じたとおりにいうのもことば。飛び上がる、走る、いっぱい楽しむ、君にできることをいいあわらすのもことば──。

ことばのもつ、さまざまな性質について紹介した絵本です。絵はシンプルでセンスに富んだコラージュ。文章もまた簡潔。話かけるような文章で、ことばのいろいろな面に触れています。知りたいとたずねることができるのもことば。長いことば。短いことば。、ゴロゴロとカミナリの音をあらわすのもことば。叫ぶのもことば、ささやくのもことば──。ことばという、不思議なものについての考察はまだまだ続きます。小学校低学年向き。

2013年6月27日木曜日

きょだいなきょだいな















「きょだいなきょだいな」(長谷川摂子/文 降矢なな/絵 福音館書店 1994)

《あったとさ あったとさ
 ひろい のっぱら どまんなか
 きょだいな ピアノが あったとさ

 こどもが 100にん やってきて
 ピアノの うえで おにごっこ
 ……》

野原に巨大なものがあらわれては、子どもたちがそれと触れあう――という絵本です。コラージュでえがれた絵は、巨大感がじつによくでています。また、100人の子どもたちのしぐさが細かく描き分けられているのも楽しいです。このあと、野原には、巨大なせっけんや、トイレットペーパーや、ビンや、泡だて器などが出現。ページーをめくるたびに、思いがけないものがあらわれます。お話会でもよくつかわれる一冊です。小学校低学年向き。

クマくんのふしぎなエンピツ















「クマくんのふしぎなエンピツ」(アンソニー・ブラウン/作 田村隆一/訳 評論社 1993)

ある日、ちびクマくんはお散歩にでかけました。そこに、2人のハンターがあらわれました。ハンターは、ちびクマくんを捕まえようと飛びかかりましたが、ちびクマくんがエンピツでひもを描くと、ハンターはそのひもに引っかかって転んでしまいました。

ハンターたちは、投げ縄や鉄砲や落とし穴など、さまざまな方法でちびクマくんを捕まえようとします。でも、ちびクマくんはそのたびに、描いたことが本当になるエンピツをつかって、危ういところを脱します。

描いたことが本当になるという、「はろるどとむらさきのくれよん」などと同趣向の絵本です。ちびクマくんは、さっと絵を描いて、ハンターたちの手から逃れます。絵は、デフォルメのきいた、イラスト風のもの。背景がやけにシュールです。黙もくと、でも鮮やかに危機を乗り越えていく、ちびクマくんの姿がなんともユーモラスです。小学校低学年向き。

本書は、「くまさんのおたすけえんぴつ」(さくまゆみこ/訳 BL出版 2012)のタイトルでも出版されています。冒頭の訳文をならべてみましょう。

「クマくんのふしぎなエンピツ」

《ある日 ちびクマくんは お散歩。
そこに 二人のハンター。
ちびクマくん 見つけられちゃった。
あぶなーい! ちびクマくん。
アッというまに ちびクマくん 白い紐を描きだす。
やった ちびクマくん!》

「くまさんのおたすけえんぴつ」

《あるひ、くまさんは さんぽに でかけました。
でも、かりを していた ハンターたちが
くまさんを みつけてしまいました。
あっ、たいへん! くまさん きをつけて!
くまさんは いそいで、まほうの えんぴつを つかいます。
やったね、くまさん!》

2013年6月25日火曜日

スイミー















「スイミー」(レオ・レオニ/作 谷川俊太郎/訳 好学社 1979)

広い海に、小さな魚の兄弟たちが暮らしていました。みんな赤いのに、スイミーという名前の1匹の魚だけが真っ黒でした。ある日、お腹をすかせた、おそろしいマグロがやってきました。マグロはひと口で赤い魚たちを一匹残らず飲みこんでしまい、逃げられたのはスイミーだけでした。

一匹だけになってしまったスイミーは、海の底をさまよいます。でも、海には素晴らしいものがたくさんあり、スイミーはだんだん元気をとりもどしていきます──。

本書は、「あおくんときいろちゃん」とともに、レオ・レオニの代表作。副題は「ちいさなかしこいさかなのはなし」。このあと、海のなかでさまざまなものをみたスイミーは、岩かげにいるスイミーそっくりの小さな赤い魚をみつけます。「でてこいよ。みんなで遊ぼう。面白いものがいっぱいだよ」と、スイミーは声をかけますが、「だめだよ。大きな魚に食べられてしまうよ」と、小さな赤い魚たちはこたえます。「でも、いつまでもそこにじっとしているわけにはいかないよ」と、スイミーは考えに考えて──。小学校低学年向き。

余談ですが、作中にでてくる「いせえび」は、原書では、「Lobster」。絵はもちろん、ロブスターとしてえがかれているので、文章とちぐはぐになっています。本書が出版された当時、ロブスターということばはまだ一般的ではなく、それで「いせえび」と訳したのかもしれません。

2013年6月24日月曜日

化石をみつけた少女















「化石をみつけた少女」(キャサリン・ブライトン/作 せなあいこ/訳 評論社 2001)

1810年、イギリスのドーセット州、ライム・リージスの海岸で、メアリーと弟のジョーは、きょうも母さんの店で売る“掘りだしもの”をさがしていました。父さんが亡くなってから、2人はこうして家を助けていました。ある日、嵐がきて、大きな波が窓を破って流れこみ、店の品物はみんな流されてしまいました。「大丈夫。ジョーとあたしで、またすぐにいいものをたくさんみつけてくるから」と、メアリーは母さんをなぐさめました。

店は、丘の上に住むアークライトさんが修理にきてくれることになります。メアリーとジョーは海岸にでかけ、崖で大きな化石をみつけます。2人で腕を伸ばして計ると、6メートルくらいあります。どうやったら、このワニみたいな化石を崖からとりだせるのか。メアリーはアークライトさんに足場を組んでもらうことにします──。

副題は「メアリー・アニング物語」。実在した、メアリー・アニングのエピソードをもとにした作品です。コマ割りされた、マンガ風の絵本で、絵は明快な水彩。メアリーは、なにごとにも動じない女の子としてえがかれています。さて、このあと、アークライトさんに足場を組んでもらったメアリーは、大きな化石を掘りだします。翌朝、店には化石をみにきたひとたちの長い行列ができています。メアリーとジョーは、ひとりにつき1ペニーを受けとり、ひさしぶりにあたたかい食事ができるだけのお金をもうけます。その夜、領主のヘンリー・ヘンレイ卿がやってきて、2人にこの化石はワニではないと告げます。「これは、科学者たちがイクチオサウルスと呼ぶ生きものの化石だよ。きみたちはすごい発見をしたんだ」──。カバー袖には、日本の子どもたちがみつけた化石についても記されています。小学校高学年向き。

さるとわに















「さるとわに」(ポール・ガルドン/作 きたむらよりはる/訳 2004)

森のなかを流れる川のほとりに、高いマンゴーの木が生えていました。この木には、たくさんのサルたちがすみついていました。川では、お腹がぺこぺこのワニたちが、泳いだり、ひなたぼっこをしたりしていました。ある日、だれよりもお腹をすかせた若いワニが、年をとったワニにいいました。「おれはサルをつかまえて、食べてやりたいと思ってるんだ!」「おまえは丘の上を歩きまわれないし、サルどもは水のなかにきやしない、そのうえ、あいつらはおまえよりもすばしっこいんだよ」と、年よりワニがいうと、若いワニはこたえました。「なるほど、すばっしっこいだろう。しかし、おれはずっとずっと利口なんだ。みててごらん!」

若いワニはいく日もかけて、サルたちの様子を調べあげ、だれよりもすばしっこい1匹のサルに目をつけます。ワニは、あれこれ考えたすえ、サルをつかまえる良い方法を思いつきます。

インドの寓話集、「ジャータカ物語」の1編をもとにした作品です。作者のポール・ガルトンは、「ねずみのとうさんアナトール」「ふくろのなかにはなにがある?」など、さまざまな絵本をえがいています。その作風は、物語をよくつたえる明快なもの。さて、このあと、ワニは果物がたくさん実っている島にいってみないかと、サルを誘います。「ぼくは泳げないんだよ」とサルはいいますが、おれの背中に乗っていけばいいと、ワニはこたえます。そして、サルはワニの背中に乗ってしまい──と、お話は続きます。サルが機転をきかせてワニを出し抜くさまが楽しい一冊です。小学校低学年向き。

まよいみち

「まよいみち」(安野光雅/作 福音館書店 1989)

たくさんの枝がついた木も、必ずどこかがつながっています。切れているところはありませんし、枝の先と先とがくっついてしまうこともありません。そして、2本の木からどんどん枝をだしていけば、どんなむずかしい迷い路でもつくることができます──。

本書は迷路についての絵本です。ただの迷路で遊ぶ絵本ではありません。さまざまな迷路を紹介し、考察をくわえています。考察は迷路から──やはり切れたところのない──ひと筆書きへ。「あやとりでつくったかたちは必ずひと筆書きができるはずです」。木の枝やあやとりといった身近なものから、迷路やひと筆書きを紹介する、その紹介の仕方が見事です。安野光雅さんの、綿密で明快な作風がよく味わえる一冊です。小学校低学年向き。

2013年6月19日水曜日

野うまになったむすめ















「野うまになったむすめ」(ポール・ゴーブル/作 じんぐうてるお/訳 ほるぷ出版 1980)

昔、バッファローを追って、あちこち移り住んでいるひとびとがいました。この村に、馬の大好きな娘がいました。娘は、馬の大好きな草を知っていましたし、冬の吹雪から馬を守ってやれる場所も知っていました。それに、馬がけがをすると手当てしてやりました。毎日、娘は水くみとたきぎあつめの手伝いを終えると、馬たちと一緒に、一日中草原ですごしました。

ある日、いつものように馬たちとともにいた娘は、毛布を広げて横になると、眠りこんでしまいます。そのうち、黒雲が広がり、稲妻が光り、落雷によって大地が揺れうごきます。娘は一頭の馬に飛び乗り、驚いた馬の群れは風のように走りだして――。

ネイティブ・アメリカンの世界をもとにした一冊です。絵は、素朴さを保ちながら様式化された、色鮮やかな水彩。さて、このあと、馬たちは走り続け、娘は見知らぬ場所にたどり着きます。いっぽう、村人たちは姿を消した娘と馬たちをさがしまわります。そして、1年がたち、村の2人の狩人は、美しい牡馬にひきいられた野馬のなかに、娘がいるのをみつけます。2人の狩人は急いで村に帰り、男たちは足の速い馬に乗って、野馬の群れを追いかけます。ですが、牡馬がぐるぐるまわってたたかうので、なかなか娘に近づけずません――。神話のような、美しい読物絵本です。物語の最後に、作者はこう記しています。「これは昔の話だ。しかし、いまでも馬とわたしたちが親戚だと思うと楽しい気持ちになってくる」。1979年度コールデコット賞受賞作。小学校中学年向き。

2013年6月18日火曜日

とってもいいひ















「とってもいいひ」(ケビン・ヘンクス/作 いしいむつみ/訳 BL出版 2008)

小鳥は羽根が抜けてしまいました。子イヌのひもは、庭の柵にからまってしまいました。子ギツネは、お母さんとはぐれてしまいました。それから、子リスのドングリは、池に落ちてしまいました。まっったく、なんて悪い日なんでしょう。

でも、そのあと、子リスは大きなドングリをみつけ、子ギツネが振り返るとちゃんとお母さんがいて、子イヌのひもも元通りになり――。

悪いことばかりかと思ったらそうではなかった――という絵本です。絵は、くっきりとした輪郭線でえがかれた水彩。作者のケビン・ヘンクスは、「オリーブの海」(代田亜香子/訳 白水社 2005)などの児童文学も書いています。このあと、お話には女の子が登場。きょうはとってもいい日よと、宣言するようにママにいって終ります。小学校低学年向き。

100ぴきのいぬ100のなまえ















「100ぴきのいぬ100のなまえ」(チンルン・リー/作 きたやまようこ/訳 フレーベル館 2002)

ここは、わたしとイヌたちの家です。最初、1匹だったイヌは、いまでは100匹になりました。可愛いうちの子を紹介しましょう。

最初の子は〈もわもわ〉。それから、〈ジンジャー〉と、〈ババロワ〉。これで3匹。それから、〈マンマ〉と、4匹の子どもたち。〈マフィン〉〈マシュマロ〉〈マロン〉〈マコロン〉。これで8匹。それから――。

タイトル通り、100匹のイヌが登場する絵本です。絵は、色鉛筆と水彩でえがかれた軽みのあるもの。作者のチンルン・リーは台湾のひとです。さて、100匹のイヌと暮らすのが夢だった〈わたし〉によるイヌの紹介は、まだまだ続きます。〈そっと〉〈さっぱり〉〈きっちり〉〈ぺったん〉〈うっかり〉〈ぼんやり〉〈しらたま〉〈ちゃんと〉〈なっとく〉〈どっこい〉。これでもまだ18匹。食事のお皿は全部で100枚。ブラッシングは毎日1匹10回するから、合計1000回。100匹のイヌと遊ぶときは大騒ぎ。じつににぎやかな一冊です。小学校低学年向き。

2013年6月15日土曜日

きたかぜとたいよう















「きたかぜとたいよう」(ラ・フォンテーヌ/文 ブライアン・ワイルドスミス/絵 わたなべしげお/訳 らくだ出版)

ある朝、北風と太陽はウマに乗った旅人をみかけました。旅人は、新しいコートを着ていました。「わしがその気になれば、あのコートを脱がせることくらいたやすいことだ」と、北風がいいました。「きみにはできないと思うがね」と、太陽がいいました。

北風はびゅーびゅーと風を吹きつけて、ひとびとの帽子を吹き飛ばし、動物たちを怖がらせ、港の船を沈めます。でも、旅人はコートを脱ぐどころか、風に飛ばされないように、前をしっかりあわせてしまいます。

ラ・フォンティーヌの寓話をもとにした絵本です。ブランアン・ワイルドスミスは「おかねもちとくつやさん」などさまざまな作品を手がけています。その作風は、大胆で、にぎやかな色づかいが特徴。本書では、北風と太陽を力強く擬人化しているのが印象的です。さて、このあとのお話はご存知の通り。太陽が明るく輝き、花が開き、チョウが舞って――。バーナデットの「きたかぜとたいよう」と読みくらべるのも面白いでしょう。小学校低学年向き。

2013年6月13日木曜日

ねむりひめ















「ねむりひめ」(グリム兄弟/原作 フェリクス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1978)

昔、ある国に王様とお妃がおりました。2人はいつまでたっても子どもができませんでした。ところが、あるときお妃が水浴びをしていると、1匹のカエルがあらわれていいました。「あなたの望みは必ずかなう。1年たたないうちに娘ごが生まれますぞ」

カエルのことば通り、お妃は女の子を生みます。その子があまりに可愛いので、王様はじっとしていられません。宴会を開き、そこに運をさずけてくれるという占い女たちも呼ぶことにします。ですが、金の皿がたりなかったため、国に13人いる占い女のうち、ひとりは招待しないことにします──。

よく知られたグリム童話「ねむりひめ」をもとにした絵本です。「ねむりひめ」の絵本は数多くありますが、もっとも知られていているのは、ホフマンのえがいたこの本でしょう。さて、このあと、招待されなかた占い女が宴会にあらわれて、「姫は15歳になったらつむに刺されて倒れて死ぬぞ!」と、呪いのことばを吐いて去っていきます。ほかの占い女も、その呪いを消すことはできません。ですが、「100年のあいだ眠ってしまわれる」ほどに、軽くすることはできました。そして、王様は国中のつむを焼くよう命じるのですが、15歳になった姫はある日、城の古い塔のなかで、麻糸をつむいでいるおばあさんに出会い、そのつむを手にし、とたん城中が眠りに落ちて──。小学校低学年向き。

余談ですが、表紙の王様は大きな手で姫を抱いています。姫も父親に抱かれて安心しきっているようです。本書を評した文章には、姫を抱く王様の大きな手が、王様の愛情を強く感じさせる──としばしば語られています。

2013年6月12日水曜日

機関車トーマス














「機関車トーマス」(ウィルバート・オードリー/作 レジナルド・ダルビー/絵 桑原三郎/訳 清水周裕/訳 ポプラ社 2005)

トーマスは、6つの車輪と、ずっぐりむっくりのドームをつけた小さな機関車でした。遠くへいく大きな機関車のために、客車をそろえたり、お客の降りた空っぽの客車を引っ張ったりするのが、トーマスの仕事でした。いたずら好きのトーマスは、よくはたらくのは自分だけだと思っていたので、待避線で居眠りしている大きな機関車に会うと、そっと近づいては、「ピーピーピー、ピッピー。怠け者、起きろ」と、びっくりさせて喜びました。

さて、ある朝、釜の火が消えてしまって、思うように蒸気の上がらないトーマスは、あくびをしながら客車をつないで駅に引っ張っていきます。もう出発の時刻がきているので、大きな機関車のゴードンは、大急ぎで客車をつなぎ、駅を出発します。ところが、あわてていたゴードンはトーマスを切りはなすのを忘れていて――。

「汽車のえほん」シリーズの一冊です。「機関車トーマス」シリーズといったほうが通りがいいまもしれません。文章を読むのがまだおぼつかない子(特に男の子)も、一所懸命見入っている姿をよくみかけます。

本書はシリーズ2巻目。カバー袖の文章によれば、1943年、病気になった息子のクリフォードのために、牧師のウィルバート・オードリーが、機関車のお話をつくって聞かせたのがそのはじまりとのことです。本書には、「トーマスとゴードン」「トーマスの列車」「トーマスと貨車」「トーマスときゅうえん列車」の4つのお話が収録されています。細部までよくえがかれた絵と、お調子者で失敗ばかりするトーマスの活躍が楽しい一冊です。幼児向き。

2013年6月11日火曜日

7日だけのローリー















「7日だけのローリー」(片山健/作 学研マーケティング 2007)

ある朝、家の前にみたことのないイヌがいました。お父さんとぼくは、だれかこのイヌを知っているひとがいないか、イヌを連れて家の周りをまわってみました。でも、知っているひとはいませんでした。

〈ぼく〉のうちで一週間、イヌの世話をすることになります。一週間たっても飼い主があらわれなければ、保健所に連れていきます。イヌは、通るひとにみえるように、うちの前にある空き家の軒下を借りて、そこにつないでおきます。近所のひとたちが、インターネットで知らせたり、ポスターをつくってあちこちに貼ったりしてくれます――。

7日間だけ迷子イヌの世話をすることになった男の子のお話です。片山健さんは、「タンゲくん」「むぎばたけ」などをえがいたひと。にじみを生かした、それでいてにごりのない、にぎやかな水彩をえがきます。さて、イヌの世話をはじめて3日目、〈ぼく〉は散歩の途中、女のひとにイヌの名前を訊かれて黙ってしまいます。そこで、お母さんと相談し、ローリーという、お母さんの好きな歌手の名前を内緒でつけることにします。でも、4日たっても、5日たっても飼い主はあらわれず――と、お話は続きます。小学校低学年向き。

2013年6月10日月曜日

しあわせハンス















「しあわせハンス」(グリム/原作 フェリクス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1978)

奉公して7年がたったハンスは、主人にお給金として金のかたまりをひとつもらい、自分の家をめざして旅にでました。すると、馬に乗った男に出会いました。馬に乗れば道がはかどると思ったハンスは、金のかたまりと交換し、馬を手に入れました。

馬に乗ったハンスは、最初こそ幸せいっぱいでしたが、いざ馬を走らせようとすると、道に投げだされてしまいます。ちょうどそこへ、牝ウシを引いた農夫がやってきて――。

グリム童話をもとにした絵本です。作者のホフマンは、「おおかみと七ひきのこやぎ」など、数かずの傑作をえがいています。本書では、ハンスの旅は、左から右に進んでいき、出会ったひとびとは背を向けて、舞台から退場していきます。背景はなく、文章はページ下に、字幕のように一列にならんでいて、物語をにごらせることなく、じつに巧みにみせています。瀬田貞二さんの訳はリズミカル。《しゅじんがこたえていうことに、「よくやってくれたからにゃ、たんまりやらねばなるまいよ」》――という具合です。さて、このあとハンスは、牝ウシをブタと、ブタをガチョウと、ガチョウを砥石と交換します。わらしべ長者の逆をゆくような、愉快な一冊です。小学校低学年向き。

2013年6月9日日曜日

かもさんおとおり















「かもさんおとおり」(ロバート・マックロスキー/作 わたなべしげお/訳 福音館書店 1980)

カモのマラードさんと、マラード奥さんは、巣をつくる場所をさがしていました。ボストンの公園の池でひと晩休んだあと、議事堂の上を飛び、ルイスバーグ広場を越えて、チャールズ川の中州に降りました。マラードさんと奥さんは、ここに巣をつくることに決めました。

マラードさんと奥さんの羽根は生え変わり、飛ぶことができなくなります。でも、泳ぐことはできるので、川岸の公園までいき、派出所のおまわりさんからピーナツをもらいます。そのうち、奥さんは8つのタマゴを生み、8羽のヒナ生まれます──。

「すばらしいとき」「サリーのこけももつみ」で知られる、ロバート・マックロスキーの代表作。すでに古典となった一冊です。白黒の2色でえがかれた絵は、素晴らしく生き生きしています。このあと、マラードさんは、1週間後、奥さんや子どもたちと公園の池で落ちあうことにして、川の様子をしらべにでかけていきます。奥さんは、子どもたちにもぐりかたや泳ぎかた、一列にならんで歩くことなどを教え、いよいよ子どもたちを連れて公園に向かいます。おまわりさんの助けを借りながら、奥さんと8羽のヒナたちは一列にならび、道路を渡り、街角を進んでいきます。小学校低学年向き。

1ねんに365のたんじょう日プレゼントをもらったベンジャミンのおはなし















「1ねんに365のたんじょう日プレゼントをもらったベンジャミンのおはなし」(ジュディ=バレット/文 ロン=バレット/絵 まつおかきょうこ/訳 偕成社 1980)

きょう、4月6日はベンジャミンの誕生日です。9歳になったベンジャミンのために、パーティーが開かれました。パーティーが終わり、みんなが帰ったあと、ベンジャミンは、プレゼントの包みを開けるときどんなに楽しかったかを思いだしながら椅子にすわっていました。でも、もうすぐ誕生日が終わり、次の誕生日が365日たたないとやってこないことを考えると悲しくなりました。

ベンジャミンは、プレゼントにもらった鳥かごを、もう一度包み直します。そして次の日の朝、新しいプレゼントをもらったように包みを開きます──。

自分に毎日プレゼントを贈ったベンジャミンのお話です。絵は、線画に少しだけ色を置いた味わいのあるもの。さて、プレゼントにもらったものを全部包み直し、開け直してしまったベンジャミンは、こんどは家のなかのものを包んで自分にプレゼントすることにします。最初に包んだのは、ズボンつり。翌朝包みを開けると、ズボンつりが前よりもっと素敵に思えます。それから、枕や電灯やカーテンや椅子やテレビを包んでいき──と、お話は続きます。小学校低学年向き。

2013年6月5日水曜日

バラライカねずみのトラブロフ















「バラライカねずみのトラブロフ」(ジョン・バーニンガム/作 せたていじ/訳 童話館出版 1998)

トラブロフは、ある宿屋で生まれました。宿屋には、夜ごと楽士たちがきました。楽士たちはジプシーで、田舎をめぐり歩き、演奏をしてお礼をもらっていました。トラブロフはいつも、じっと腰をおろして、音楽に聴きほれ、ときには寝に帰ることを忘れることもありました。ある晩、トラブロフは、大工ネズミのナバコフじいさんに呼ばれ、どうしてそんなに音楽ばかり聴いているのかとたずねられました。「好きでたまらないからです」とこたえると、ナバコフじいさんはバラライカをつくってくれました──。

さて、バラライカをつくってもらったトラブロフでしたが、弾くのはなかなか簡単でないことがわかります。たまたま知りあったジプシーじいさんが、今晩ここを去るというので、トラブロフは家族に内緒でジプシーたちのそりに忍びこみ、旅にでようと決心します──。

バラライカは、200年ほど前にできた、ギターによく似たロシアの楽器です。作者のジョン・バーニンガムは、「ガンビーさんのドライブ」などの作者として高名。初期の作風である濃厚さをもつ本書は、雪深い田舎の感じがよくでています。このあと、トラブロフは、ジプシーじいさんから熱心にバラライカの弾きかたを教わります。いっぽう、トラブロフのお母さんは、トラブロフがいなくなったため、心配のあまり病気になってしまいます。そこで、トラブロフの妹が兄をさがしにでかけて──と、お話は続きます。小学校低学年向き。

2013年6月4日火曜日

ぼくねむくないよ















「ぼくねむくないよ」(アストリッド・リンドグレーン/文 イロン・ヴィークランド/絵 ヤンソン由実子/訳 岩波書店 1990)

ラッセは絶対に寝たくない、5歳の男の子でした。お母さんが、「もう寝る時間よ」というと、ラッセは「あとちょっとだけ」といいました。そして、台所のテーブルからちょっとだけ4回飛び降りたり、くつ下の穴に指を入れて、もっと大きくならないかとのぞいたりしました。

しまいに、お母さんはこの「ちょっとだけ」がまんできなくなり、ラッセをつかまえて、服を脱がせ、ベッドに入れてしまいます。そのあいだ中、ラッセは「ぼく眠くないよ!」と叫び続けます──。

「長くつ下のピッピ」などで高名なリンドグレーンの文章による絵本です。絵は、親しみやすい水彩。さて、ラッセのすぐ上の階には、ロッテンおばあさんというひとが住んでいました。ラッセがロッテンおばあさんのうちに遊びにいったある晩、おばあさんはラッセに「このメガネをかけてみたいかい?」とたずねます。ロッテンおばあさんのメガネは、世界一ふしぎなメガネで、これをかけたラッセは、森のなかに暮らす、クマやウサギや小鳥やネズミの子どもたちの、夜眠るところを目にします。お話はちょっと長めですが、読みやすい読物絵本です。小学校低学年向き。

2013年6月3日月曜日

ぶんぶんぶるるん















「ぶんぶんぶるるん」(バイロン・バートン/作 てじまゆうすけ/訳 ほるぷ出版 1975)

ぶんぶんぶるるんと、ミツバチが飛んできて、牡ウシをちくりと刺しました。牡ウシは跳ねまわり、おかげで牝ウシはご機嫌ななめ。ミルクしぼりのおばさんを、ミルクと一緒に蹴飛ばしました。

蹴飛ばされたおばさんは、怒っておじさんに八つ当たり。いらいらしたおじさんは、ラバのお尻をひっぱたき、ラバはヤギの家を蹴りこわして──。

どんどん話がつながっていく絵本です。絵は、黒い描線にはっきりした色がつけられた、遠目のきくもの。このあと、ヤギ、イヌ、ガチョウ、ネコ、小鳥と続き、最後にまたミツバチにもどります。みんなの不満がどんどんつながっていくさまをえがいた、ユーモラスな一冊です。小学校低学年向き。

2013年5月31日金曜日

沖釣り漁師のバート・ダウじいさん















「沖釣り漁師のバート・ダウじいさん」(ロバート・マックロスキー/作 わたなべしげお/訳 童話館出版 1995)

バート・ダウじいさんは、沖釣りの漁師でした。年をとって引退しましたが、まだ2そうの舟をもっていました。そのうちの1そうは、もう古くてあちこちから水がもれるので、真っ赤に塗って前庭に置きました。そして、舟べりまでたっぷり土を入れて、夏にはゼラニュームとスイートピーを植えました。

もう1そうは、うごいたり止まったりする気まぐれエンジンのついた《潮まかせ号》でした。やっぱり水もれがしましたが、バートじいさんはひまさえあれば、この自慢の舟の手入れをしました。ペンキ塗りを頼まれるたびに、残ったペンキをもらってきて《潮まかせ号》に塗っていたので、《潮まかせ号》は大変カラフルになりました。

さて、ある朝、いつものように気短かな妹に起こされたバートじいさんは、朝食をとると、友だちのおしゃべりかもめと一緒に沖にでます。そこで、釣り糸をたらすと、思いがけないものがかかって──。

「サリーのこけももつみ」「すばらしいとき」などで知られるマックロスキーによる絵本です。絵は、明快な色づかいの水彩。海の感じがじつに素晴らしいです。さて、バートじいさんの釣り針にかかったのは、なんとクジラの尻尾でした。じいさんはなんとかクジラをなだめ、針をはずし、穴の開いたところにバンソウコウを貼ってやります。ところが、にわかに天気が悪くなり──と、バートじいさんの冒険はまだまだ続きます。小学校中学年向き。

ハーキン















「ハーキン」(ジョン・バーニンガム/作 あきのしょういちろう/訳 童話館出版 2003)

キツネのハーキンは、小さな山の上に、家族と一緒に暮らしていました。ハーキンの父さんと母さんは、子ギツネたちに、「この山だけで遊びなさい」と、うるさくいいきかせていました。「谷へ降りたりしたら、狩人にみつかって、ここまであとをつけられて、みんな無事でいられなくなるからね」。でも、ハーキンは山の上で遊ぶのにあきあきしていました。

こっそり谷にでかけるようになったハーキンは、沼を渡る秘密の小道をみつけ、そこを通ってウサギやニワトリをつかまえてくるようになります。ですが、ある夜、森の番人にみつかってしまい──。

副題は「谷へおりたきつね」。「ガンビーさんのドライブ」などで高名なジョン・バーニンガムの作品です。バーニンガムの経歴のなかでは、初期の作品にあたります。のちの作風にくらべると、絵柄もお話も密度があります。さて、このあと、キツネの一家は、狩人がやってきてみんな殺されてしまうとおびえます。いっぽう森の番人は、キツネをみつけたことを地主に報告。地主はキツネ狩りをすることにします。そこで、ハーキンは、「なんとしても狩人たちをここから遠くへ誘いださなくては」と、野原で狩人たちが近づいてくるのを待ち──。ハーキンの機転と勇気が痛快な一冊です。小学校中学年向き。

2013年5月29日水曜日

アルフィーのいえで















「アルフィーのいえで」(ケネス・M・カドウ/文 ローレン・カスティーヨ/絵 佐伯愛子/訳 ほるぷ出版 2012)

お気に入りの靴をよそにあげちゃうとママがいったので、アルフィーはその靴をはいて家出をすることにしました。「その靴で家出はどうかしら。もう小さいんじゃない?」と、ママはいいましたが、アルフィーの決心は変わりません。

「家出をしたらのどが乾くかもしれないわ」と、ママが水筒に水を入れてくれ、アルフィーはそれを受けとります。「夜はとっても暗いわよ」と、懐中電灯も受けとります。それから、替えの電池も受けとって──。

男の子のちょっとした家出を扱った絵本です。絵は、柔らかな色調の親しみやすいもの。このあと、アルフィーはママの協力を得て、バッグにクラッカーとピーナツバターを入れ、クマのぬいぐるみのバディに読んであげるための絵本を3冊えらんで、いよいよ家をでるのですが──。小学校低学年向き。

2013年5月28日火曜日

たんじょうびおめでとう!















「たんじょうびおめでとう!」(マーガレット・ワイズ・ブラウン/文 レナード・ワイスガード/絵 こみやゆう/訳 長崎出版 2011)

ある春の日、深い森のなかで、イモムシ、ミツバチ、リス、ブタ、それからウサギが生まれました。みんなは少しずつ大きくなって、次の春、1歳になりました。そして、自分たちが一番ほしいプレゼントをもらいました。

イモムシくんのもらったプレゼントはなにかな──? それは、お母さんがくれた美味しそうなリンゴ。次は小さなミツバチくん。プレゼントは一体なにかな──?

マーガレット・ワイズ・ブラウンと、レナード・ワイスガードのコンビは、「きんのたまごのほん」など、数かずの名作をえがいています。本書の絵は大変鮮やか。このあとは、「プレゼントは一体なにかな?」のくり返しです。ミツバチくんのお母さんがもってきてくれたのは、蜜のたくさん入ったキンギョソウ。では、小さなリスちゃんや、小さなブタくん、それから小さなウサギちゃんがもらったプレゼントは一体なにかな──? 小学校低学年向き。


ゆうこのキャベツぼうし















「ゆうこのキャベツぼうし」(やまわきゆりこ/作 福音館書店 2008)

ゆうこが畑のそばを歩いていると、畑のおばさんが大きなキャベツをくれました。キャベツをかかえて歩いていると、お日様が照ってきたので、キャベツの葉っぱを1枚はがし、帽子にしてかぶりました。でも、キャベツは大きすぎて、前がよくみえなくなり、どしん!とこぐまにぶつかってしまいました。

ゆうこはこぐまに、「こぐまさんもかぶる?」と訊くと、こぐまは「うん、かぶりたい」とこたえます。こぐまもキャベツ帽子をかぶって、2人で歩いていくと、こんどはこぶたちゃんとつねこちゃんに出会って──。

作者のやまわきゆりこさんは、「ぐりとぐら」の画家として高名です。このあと、うさぎとも会い、みんなでキャベツ帽子をかぶって、おおかみおにをして遊びます。すると、本物のおおかみがあわられて──と、お話は続きます。やまわきゆりこさんらしい、やさしいお話の絵本です。小学校低学年向き。

2013年5月24日金曜日

むらの英雄















「むらの英雄」(クーランダー/原作 レスロー/原作 わたなべしげお/文 にしむらしげお/絵 瑞雲舎 2013)

昔、アディ・ニハァスという村の12人の男たちが、粉をひいてもらうために、マイ・エデカという町へいきました。その帰り道、森のなかを通りがかったとき、ひとりの男が、仲間が12人そろっているかどうか気になりはじめました。そこで、みんなを呼びとめて人数を数えましたが、自分を数え忘れたため、11人しかいませんでした。

「大変だ! だれかがいないぞ」というわけで、こんどは別の男がみんなを数えます。でも、この男も自分を数え忘れたので、やっぱりひとりいないということになり──。

エチオピアの昔話をもとにした絵本です。奥付によれば、本書はペンギン社から1983年に出版されたものの新装版。お話は、「山の上の火」(岩波書店 1963)のなかの1編、「アディ・ニハァスの英雄」をもとにしたもののようです。絵は、黒青赤の3色をつかった版画風のもの。シンプルな絵柄が昔話らしさをかもしだしています。このあと男たちは、いなくなった男は道に迷い、ヒョウに食われてしまったのだと話しあいます。「ものすごく大きなヒョウだったなあ」「あいつは武器ももたないで勇敢にたたかったじゃないか」などと、失った仲間のことを悲しみながら村にもどると──と、お話は続きます。なんとも間の抜けた、それでいて愉快な一冊です。小学校低学年向き。

グーテンベルクのふしぎな機械















「グーテンベルクのふしぎな機械」(ジェイムズ・ランフォード/作 千葉茂樹/訳 あすなろ書房 2013)

1450年ごろ、ドイツのマインツ市に、不思議なものが登場しました。それは、ぼろきれと骨、まっ黒なススと植物の種からできていて、茶色のコートを身にまとい、金が散りばめられていました。

物乞いの服や、ご婦人の下着、紳士のシャツなどからあつめたぼろきれを細かく切りきざみ、水で洗って水車の力で叩いてほぐし、ドロドロにします。このパルプと呼ばれるものを、すのこですくい上げ、押しつぶし、乾燥させ、動物の骨や皮や角やひづめなどを煮てつくった、あたたかい糊にひたし、もう一度押しつぶして乾燥させると、固くなって、風に吹かれるとパリパリカサカサ音を立てます。ぼろきれと骨からつくられたこのシート、一体なんでしょう? そう、それは紙──。

グーテンベルクがつくった、印刷機と呼ばれるふしぎな機械と、その機械でつくった本についてえがいた知識絵本です。絵は、おそらくCGをつかったもの。さて、本をつくるには、まず紙と革と金箔とインク、それから活字と印刷機が必要です。すべての準備が整ったところで、いよいよグーテンベルクが登場。活字を組み、インクをつけ、巨大な木のねじのハンドルをまわして、紙に印刷していきます──。当時の紙やインクの製造法から、印刷機のつかいかたまで、よく調べられた一冊です。小学校高学年向き。

2013年5月22日水曜日

エイプリルと子ねこ

「エイプリルと子ねこ」(クレア・ターレイ・ニューベリー/作 ゆあさふみえ/訳 1986)

アメリカのニューヨークに、エイプリルという女の子がいました。お父さんが「ネコ1匹アパート」と呼ぶ狭いアパートに、お父さんとお母さんと、シバという名前の黒ネコと一緒に暮らしていました。お父さんはシバに、「子どもを生むんじゃないぞ」と、しょっちゅういいきかせていました。

ところが、ある日、シバは3匹の子ネコを生みます。エイプリルは大喜び。1日中子ネコをながめますが、アパートに4匹のネコはおけません──。

ネコの絵本作家として名高い、ニューベリーによる1冊です。本書は、文章はタテ書きの読物絵本。絵は、黒と赤の2色でえがかれています。子ねこの可愛らしさはさすがのひと言。このあと、エイプリルのうちでは、子ネコを1匹だけ手元におき、シバとほかの子ネコをだれかにあげることになります。そして、ある日、お母さんの友だちと、小さな男の子がうちにやってきます。エイプリルは、いちばん気に入っているブレンダがもらわれてしまうのではないのかと、気が気でなくなってしまうのですが──。小学校中学年向き。

2013年5月21日火曜日

かえでの葉っぱ














「かえでの葉っぱ」(デイジー・ムラースコヴァー/文 関沢明子/訳 出久根育/絵 理論社 2012)

大きな崖に、カエデの木が1本立っていました。そのてっぺんには、1枚の大きな葉っぱがついていました。「ぼくが木から落ちるときは、うんと遠くまでいくんだ」と、葉っぱは思っていました。ある日の午後、葉っぱは木からふわりとはなれました。でも、すぐ下の大きな石のあいだに落ちてしまいました。

葉っぱは、ハンマーで石を叩いて銀をさがしている少年に出会います。少年は、「いつかもどってきて話を聞かせてよ」と、葉っぱを風にのせて放します──。

チェコの童話をもとにした絵本です。水彩でえがかれた景色は、大変美しくえがかれています。このあと、葉っぱは風にはこばれ、さまざまな土地を旅します。季節は冬になり、春になり、また秋になって、少年のもとにもどってきます。お話と絵がよくあった、叙情あふれた一冊です。大人向き。

2013年5月20日月曜日

あめのひのおはなし















「あめのひのおはなし」(かこさとし/作 小峰書店 1997)

きょうは朝から雨が降っていました。お母さんがおでかけでいないので、さあちゃんとゆうちゃんは、おばあちゃんとお留守番をしていました。夕方になり、2人はカサをさしてお母さんを迎えにいきました。

小川のところにくると、カエルちゃんがでてきて、「さあちゃん、ゆうちゃん、一緒に連れてって」といいます。カエルちゃんと一緒にいくと、こんどは池のところで、「わたしも連れてって」とアヒルちゃんがでてきます──。

かこさとしさんは、「からすのパンやさん」などの作者として高名です。絵には、独特の愛嬌があります。さて、このあと、タヌキくんやクマどんもあわられて、みんなで一緒に丘の上のバス停にいき、バスを待ちます。でも、バスはなかなかやってこなくて──と、お話は続きます。後ろの見返しの絵が、なんとも嬉しい気持ちにさせてくれます。小学校低学年向き。

2013年5月19日日曜日

つるにょうぼう















「つるにょうぼう」(矢川澄子/再話 赤羽末吉/絵 福音館書店 1979)

よ平という貧しいひとり暮らしの若者がいました。冬のはじめのある日、ふいにばさばさと音がして、どこからか一羽のツルが舞い降りてきました。翼に矢を受けて、苦しそうにしているツルを、よ平はていねいに介抱してやりました。

その夜、よ平の家の戸をたたく者があります。戸を開けると、ひとりの美しい娘が立っています。「女房にしてください」という娘を、よ平は家に入れるのですが──。

日本の民話「鶴の恩返し」をもとにした絵本です。このあと、女房がきたので、よ平の家の貧しさはいっそうつのります。そこで、女房はよ平にのぞき見しないようにお願いし、部屋にこもって上等のはたを織ります。2人はしばらく暮らしますが、冬はまだまだ続き、女房はもう一度はたを織ります。もうこれきりと思っていたところ、となりの男にうながされ、よ平はお金のことばかり考えるようになってしまいます。そんなよ平のために、女房はもう一度はたを織ろうとするのですが──と、お話は続きます。赤羽末吉さんの絵は、北国の感じをみごとにだしています。小学校低学年向き。

サリーとライオン















「サリーとライオン」(クレア・ターレー・ニューベリー/作 さくまゆみこ/訳 光村教育図書 2000)

昔むかし、サリーという名前の女の子がいました。サリーは、お人形と、お人形の家と、ままごとセットと、車のついたシマウマをもっていました。でも、サリーが本当にほしいのはライオンでした。ある日、買い物にでかけたお母さんが、おみやげにライオンの赤ちゃんをもってきてくれました。

大喜びのサリーは、さっそくハーバートと名前をつけて、赤ちゃんライオンと遊びます。でも、日がたつにつれハーバートはずんずん大きくなって──。

女の子とやさしいライオンの交流をえがいた一冊です。作者のクレア・ターレー・ニューベリーは、猫がでてくる絵本の作家として高名。本書は、水彩のにじみを生かしたほかの絵本とはちがい、シンプルな線画にわずかに着色をほどこしたもの。でも、しぐさのとらえかたのうまさは変わりません。このあと、大きくなったハーバートはみんなに怖がられ、牛乳屋さんも八百屋さんもお肉屋さんも、サリーのお友達も、おばあさんもおじいさんも、みんな家にこなくなってしまいます。そこで、ハーバートは山の牧場で暮らすことになるのですが──と、お話は続きます。小学校低学年向き。

2013年5月15日水曜日

ライオンとネズミ















「ライオンとネズミ」(ラ・フォンテーヌ/文 ブライアン・ワイルドスミス/絵 わたなべしげお/訳 らくだ出版 1983)

ある日、ネズミがライオンの足のあいだを、知らずに歩いてしまいました。けれども、ライオンはネズミを傷つけず、逃がしてやりました。ネズミが、「いつか必ずご恩返しをいたします」とお礼をいうと、ライオンは笑いました。「ジャングルの王様のこのわしに、あんなちびがどうやって恩返しをするつもりかな?」

ご存知、「ライオンとネズミ」のお話です。こちらの「ライオンとネズミ」はイソップが原作でしたが、本書はラ・フォンティーヌをもとにしたようです。絵は、おそらく水彩やクレパスをつかってえがかれたもの。色彩が大変鮮やかで、文章はとてもシンプル。素晴らしい完成度の一冊です。小学校低学年向き。

まさかさかさま動物回文集















「まさかさかさま動物回文集」(石津ちひろ/文 長新太/絵 河出書房新社 2007)

回文とは、上から読んでも下から読んでも同じ文章のこと。本書は、動物をテーマにした回文が載せられた絵本です。

《よるおきぬたぬきおるよ。

 だっころばろこつだ

 よったとらふらふらとたつよ

 そうわかくないおいおいなくかわうそ》

などなど。
ページ下に、「夜起きぬタヌキおるよ」と、漢字カナ混じりで記してあるのが親切です。長新太さんの絵もとんちが効いて、楽しい一冊になっています。小学校低学年向き。

2013年5月13日月曜日

洪水のあとで















「洪水のあとで」(アーサー・ガイサート/作 小塩節/訳 小塩トシ子/訳 こぐま社 1994)

ずっと昔、大洪水がおこり、世界をおおいつくしました。ノアは箱舟をつくり、そのなかに地上のすべての動物を、ひとつがい乗せました。雨はようやくやみ、空には虹がかかりました。洪水がひくと、箱舟はアララト山の上にとり残されました

ノアとその家族は山から下りることにします。箱舟の一部を切り、それでスロープをつくります。箱舟を地上に下ろし、ひっくり返して家にし、土地の肥えた谷間に種をまき、生きものたちが次第に増えていきます──。

「ノアの箱舟」の続編です。「ノアの箱舟」は白黒でしたが、本書はカラー。絵は、おそらく銅版画に色づけしたもの。生きものはどんどん増え、ほかの土地にも広がっていき、いつのまにか地上は生きものでいっぱいになります。家族たちも新しい土地に移り、雨が降るとノアとその妻は苦労した昔のことを思い出します。小学校中学年向き。

2013年5月10日金曜日

満月をまって















「満月をまって」(メアリー・リン・レイ/文 バーバラ・クーニー/絵 掛川恭子/訳 あすなろ書房 2000)

父さんは、次の満月がくるまでのあいだに、かごをつくり、ハドソンまで売りにいきます。うちには馬車も荷馬車もないので、歩いていかなくてはいけません。帰りが遅くなっても、お月さまが道を照らしてくれます。

〈ぼく〉は父さんが一緒にハドソンに連れていってくれる日を心待ちにしています。でも、父さんは、「もっと大きくなったらな」と、ひとりでいってしまいます。でも、〈ぼく〉が9歳になったと、「一緒にきてもいいだろう」と、父さんはいってくれます──。

100年以上前、ニューヨーク州のハドソンからそう遠くない、コロンビア郡の山間に、かごをつくって暮らすひとたちがいました。本書は、そのひとたちをえがいた絵本です。このあと、父さんと一緒にハドソンにでかけた〈ぼく〉は、みるものすべてに驚きます。ところが、帰り道、母さんにハドソンのことをなんて話そうかと考えながら歩いていると、広場にいた男のひとに、「おんぼろかご、くそったれかご」と、心ないことばを浴びせられます。〈ぼく〉は深く傷つくのですが──。

著者あとがきによれば、100年前にはもう、そのひとたちがいつごろからそこに住み着き、かごをつくっていたのか、本人たちにさえわからなくなっていたそう。そして、1950年代になると、かごに代わって、紙袋や段ボール箱やビニール袋がつかわれるようになり、最後までかごをつくり続けていた女性も、1996年に亡くなったということです。小学校高学年向き。

おならをしたかかさま















「おならをしたかかさま」(水谷章三/文 太田大八/絵 ほるぷ出版 1991)

昔むかし、ある大きなお屋敷で、殿さまが大勢のお客を呼んでお酒を飲んだりうたったりしていました。それが、あんまり長く続くので、女のひとたちはみな、くたびれてしまいました。殿さまの横にすわっていた、お腹の大きい奥方もくたびれて、ついプイとおならをしてしまいました。

殿さまは、おならをした奥方をひどく怒ります。そして、奥方をひとり舟に乗せ、夜の海に流してしまいます──。

日本の民話をもとにした絵本です。「金の椿」「金の瓜」「金の茄子」という話として語り継がれ、本書では福井県につたわる話をつかったとあとがきにあります。さて、このあと、ある小さい島に流れ着いた奥方は、島のひとたちに良くしてもらい、男の子を生み、育てます。12歳になった男の子は、「うちにはどうしてととさんがおらんのや?」とたずね、奥方が島にくることになった事情を話すと、男の子は殿さまに会いにひとり海にこぎだして──。最後、男の子はとんちをきかせ、みごと殿さまをやりこめます。小学校中学年向き

あめあめふれふれもっとふれ















「あめあめふれふれもっとふれ」(シャーリー・モーガン/文 エドワード・アーディゾーニ/絵 なかがわちひろ/訳 のら書店 2005)

もう3日のあいだ、雨は降り続けていました。男の子は雨をみつめてため息をつきました。黄色いレインコートを着て、消防士みたいに大きくて格好いい長靴をはいて外にでたいなあ。女の子も雨をみてため息をつきました。青いレインコートを着て、赤い、つやつやの長靴をはいて、外にでたいなあ。でも、きっと、お母さんがだめというに決まってる。だから、男の子も女の子も外にでたいとはいいませんでした。

3日のあいだ、男の子と女の子は家のなかでできる遊びはみんなやってしまいました。窓辺に立って、外をぼんやりみているほかに、なんにもすることがないのです──。

雨が降り続き、退屈している男の子と女の子をえがいた読物絵本です。絵を描いたエドワード・アーディゾーニは、「チムとゆうかんなせんちょうさん」の作者として高名です。さて、このあと、女の子は庭に雨が降って喜んでいる隣のおばさんになりたいなあと思います。男の子は、雨のなか新聞を配達しているお兄さんになりたいなあと思います。通りをゆく車をながめたり、ミミズを食べる小鳥や、その小鳥をねらうネコや、そのネコを追いかけるイヌをながめているあいだに、雨は小降りになってきます。小学校中学年向き。

2013年5月7日火曜日

ほんとにほんとにほしいもの















「ほんとにほんとにほしいもの」(ベラ B.ウィリアムズ/作 佐野洋子/訳 あかね書房 1998)

あと三日で、わたしの誕生日です。この前は、びんにたまったお金で、バラ柄の椅子を買いました。こんどは、わたしの誕生日のために、また半分くらいにたまったお金をつかうことになりました。町に買いものにいくとき、おばあちゃんが大きな声でいいました。「ローザ、ほんとにほんとに好きなものを買うんだよ!」

母さんと一緒に町にでたわたしは、みんながもっているローラースケートを買おうとします。でも、母さんがお金を払おうとしたとき、急にローラースケートがほんとにほんとにほしいものかわからなくなってしまいます。

「かあさんのいす」の続編に当たる絵本です。絵は前作同様、にぎやかで親しみやすい水彩。さて、前作ではびんに貯めたお金でソファを買いましたが、こんどは〈わたし〉の誕生日になにか買うことになります。でも、〈わたし〉は「ほんとにほんとに好きなもの」がなかなか決められません。このあと、デパートにいき洋服とサンダルをえらび、それからナップザックを買おうとしますが、それでも決められず、とうとう〈わたし〉は泣きだしてしまいます──。もちろん最後には、わたしのほんとにほんとにほしいものがみつかります。小学校中学年向き。

2013年5月2日木曜日

はたらきもののあひるどん















「はたらきもののあひるどん」(マーティン・ワッデル/作 ヘレン・オクセンバリー/絵 せなあいこ/訳 評論社 1993)

アヒルどんはとてもはたらき者でした。ご主人が大変なのらくらどんだったので、いつもはたらかなければなりませんでした。アヒルどんが畑からメウシをひいて帰ってきても、ご主人は「しっかりやっているかね?」と訊くだけでした。ヒツジを丘から連れてきても、メンドリを小屋に入れても、ご主人は同じことを訊くだけでした。そして、そのたびにアヒルどんは「ぐわっ!」とこたえるのでした。

ご主人は一日中ベッドに寝転がっているせいで、すっかり太り、一方はたらきづめのアヒルどんは、げっそりやせてしまいます──。

ヘレン・オクセンバリーは、「あかちゃんがやってくる」の絵を描いたひと。本書では、親しみやすく美しい水彩をえがいています。このあと、アヒルどんを放ってはおけないと、メウシやヒツジやメンドリたちは会議を開き、衆議一決。みんなはご主人の部屋に忍びこみ──と、お話は続きます。前の見返しにえがかれた冬の風景が、後ろの見返しでは美しい緑の風景となっています。小学校低学年向き。

そらにげろ















「そらにげろ」(赤羽末吉/作 偕成社 1979)

ほとんど文章のない絵本です。。旅人が歩いていると、オオカミがやってきて、旅人にとびかかろうとします。すると、旅人の着物から、鳥の柄たちが飛びだします。旅人は、鳥たちを追って海岸を走り、富士山を越え、山を突き破って──。

赤羽末吉さんは、「つるにょうぼう」や「スーホの白い馬」などをえがいた絵本作家の巨匠。本書は、富士山を越えるところや、山を突き破るところなど、赤羽さんのもつナンセンスな味わいがよく発揮されています。このあと、秋の月が照るなか、旅人と鳥たちはともに眠り、雨が降ると、旅人はフキの葉をカサにして追いかけ、鳥たちは頭巾をかぶって逃げていきます。雪山で旅人が谷間に落ちると、鳥たちは一致団結して旅人を助け、そしてまた追跡劇がはじまります。小学校低学年向き。

2013年5月1日水曜日

くったのんだわらった














「くったのんだわらった」(内田莉莎子/再話 佐々木マキ/絵 福音館書店 1978)

牧場の草のなかに、ヒバリの夫婦が巣をつくりました。ヒバリの奥さんはタマゴを生み、あたためはじめました。ところが、ある日、モグラが巣のすぐそばの地面を掘りはじめ、巣はぐらぐらと揺れだしました。「あなた、早くモグラを追い出してくださいな。これでは危なくてタマゴを抱いていられないわ」。そこで、ヒバリは、オオカミにモグラを追いだしてもらおうと、森へ飛んでいきました。

ヒバリが頼むと、オオカミは、「ごちそうをたらふく食わせてくれたら追い払ってやろう」といいだします。ヒバリは困りましたが、なんとかなるだろうと、オオカミと一緒に村にいき──。

ポーランドに民話をもとにした絵本です。絵は、佐々木マキさん独特のディフォルメがほどこされた、かたちのはっきりとした水彩。さて、ヒバリとオオカミが村にいってみると、村のひとたちは一軒の村にあつまり、結婚式のお祝いをしています。部屋に入ってきたヒバリをみて、村人たちは、「幸せな鳥だ、つかまえろ」と、ヒバリを追いかけはじめます。ヒバリがうまく村人たちを誘い出したすきに、オオカミは結婚式のごちそうを次から次へのたいらげます。ところが、森へ帰るとオオカミは、「たらふく食べたらのどが乾いた。ビールを飲ませてくれたら、モグラを追っ払ってやろう」といいだして──。ずうずうしいオオカミの申し出を、機転をきかせ、ヒバリはうまく解決にみちびきます。小学校低学年向き。

2013年4月25日木曜日

つぼつくりのデイヴ















「つぼつくりのデイヴ」(レイバン・キャリック・ヒル/文 ブライアン・コリアー/絵 さくまゆみこ/訳 光村教育図書 2012)

いまから200年ほど前のアメリカ。奴隷のデイヴは粘土で壷をつくって暮らしていました。たっぷりこねた粘土のかたまりが、次つぎとデイヴの仕事場にはこばれてきます。デイヴは川の水を粘土にそそぎ、ちょうどいい固さになるまで、へらで混ぜます。それから、ろくろを回し、あかぎれのできた親指で、粘土の真ん中をつまみ、壷のかたちをつくっていきます。どんな壷ができあがるのかは、デイヴの頭のなかにしかありません──。

壷ができあがり、乾くのを待つあいだ、デイヴは木の灰と砂を混ぜて釉薬をつくります。そして、壷がすっかり固まる前に、細い枝で壷に文字を書きつけます。

アメリカに実在した壷づくりの奴隷、デイヴについての絵本です。絵は、迫力のあるコラージュ。巻末の「デイヴの人生」という解説によれば、デイヴは自身がつくった壷に詩を書きつけていて、それにより、かれの人生の断片がわかるようになったということです。奴隷という、表現活動が死に結びつく可能性を秘めた境遇のなか、詩を書きつけるのは大変危険なことでした。解説には、デイヴの詩がいくつか載せられています。ひとつ引用してみましょう。

《私の家族はどこなのか?
 すべての人──そして、国に、友情を
      ──1857年8月16日》

大人向き。


ソリちゃんのチュソク















「ソリちゃんのチュソク」(イオクベ/作 みせけい/訳 セーラー出版 2000)

あと、ふたつ寝るとチュソク(旧暦の8月15日。日本のお盆にあたる)です。町に住むソリちゃんは、家族と一緒にまだ暗いうちに家をでました。バスターミナルは、もうひとでいっぱい。車はなかなか進みません。途中、バスを降りてひと休み。ようやく田舎に着いたソリちゃんたちを、タンサンナム(堂山木。村の入口の守り神が鎮座するところに植えてある木)が迎えます──。

親戚みんながあつまって、お月さまをみながら、新米でソンピョン(松餅)づくり。チョソクの当日は早く起きて、つきたてのおもちやもぎたての果物をそなえ、心をこめてチャリェ(茶礼。先祖に収穫の報告とお礼をする儀礼)をします。

韓国のチュソクについての絵本です。絵はていねいにえがかれた水彩。横長の画面に、大勢のひとや風俗が細ごまとえがかれ、見飽きることがありません。また、注釈が作品の理解を助けてくれます。このあと、ソリちゃんたちは、お墓参りをし、プンムル(農楽)の響くなか、村中で楽しく踊ります。韓国の文化に触れることのできる一冊です。小学校中学年向き。

2013年4月24日水曜日

赤ひげのとしがみさま














「赤ひげのとしがみさま」(ファリード・ファルジャーム/再話 ミーム・アザード/再話 ファルシード・メスガーリ/絵 さくらだまさこ/訳 いのくまようこ/訳 ほるぷ出版 1984)

昔、赤い髪の毛と赤いひげの、としがみさまがいました。としがみさまは、毎年春になると町へやってきました。町の門の外側には、小さな庭があり、春になると、薄桃色や白の花が咲き、おいしい果物がたくさんなりました。この庭のもち主のおばあさんは、としがみさまが大好きでした。毎年、春の最初の日がくると、おばあさんは日が昇るまえに起きだし、としがみさまを迎える準備をはじめました。

おばあさんは、きれいな絹の敷物をベランダに敷きます。ベランダの前の庭に水をまき、池の噴水をだし、水が花や草にかかるようにしてやります。そして、銀色のふち飾りのついた鏡を敷物の上に置きます──。

作者はイランのひと。文章はタテ書き。絵は、コラージュで表現されています。イランにも、としがみ(年神)さまを迎える風俗があるのでしょうか。このあと、おばあさんはきれいに化粧をし、Sの頭文字がつく品物を7つお盆にのせ、それを敷物の上に置きます。それから、その横に、7種類のお菓子を入れたガラスの入れものを置いて、としがみさまを待つのですが、おばあさんは居眠りしてしまい──と、お話は続きます。小学校低学年向き。

2013年4月23日火曜日

さかさんぼの日















「さかさんぼの日」(ルース・クラウス/文 マーク・シーモント/絵 三原泉/訳 偕成社 2012)

朝、ベッドからでた男の子は、「きょうは『さかさんぼの日』にしよう」と思いつきました。パジャマを脱ぐと、まずコートを着て、その上にズボンをはき、上着を着ました。それから、ズボンの上にパンツをはいて、上着の上にシャツを着ました。

男の子は靴をはき、その上に靴下をはきます。そして、「さかさんぼに歩かなくちゃ」と、後ろ向きに、そろーりそろりと階段を下りていきます──。

ルース・クラウスとマーク・シーモントは、「はなをくんくん」の作者。本書は、タイトル通り、なんでもさかさにしようと思いついた男の子のお話です。このあと、男の子は食卓にいき、お父さんの椅子に後ろ向きにすわり、お父さんのナプキンを後ろのえりに挟みます。すると、お父さんがやってきて、男の子は「パパ、おやすみ!」と挨拶をします。男の子の思いつきに、家族がつきあうところが愉快です。小学校低学年向き。